■夜鷹夜噺(よたかよばなし)  2       
あらあら。これは見事に化けられましたねぇ。皆も驚いておりましたよ。今宵は馴染みのお客さんがいらっしゃいますから、長くはお相手してさし上げれませんけど、ゆっくりなさって下さいましね。 笑いながら
惣之助 月殿・・・その・・・なんと申したら・・・
お武家様、何か勘違いをなさっておられませんか?たしか、月、という女性をお探しとか・・・残念ながら、わたくしはそのような御仁ではありませぬ。
惣之助 !馬鹿な、私が月殿を見まごうはずなどありません!何故そのような嘘を・・・
ほほほ、嘘ではありませんよ・・・・ささ、お酒でも・・・
惣之助 酒などいりません!私は、5年も探していたのです。それとも・・・惣之助をお忘れですか?
お忘れかと言われても・・・・困りましたねぇ。そんなにわたくしと似ているのですか?
・・・・よござんす。では、わたくしを月とお呼び下さりませ。そもそもわたくしの源氏名(げんじな)は露月(ゆつき)ですから、たいして変わりませんが。
惣之助 ・・・・・本当に、月殿ではないのですか・・・?
おほほほ。そのように哀しげな顔をなさいますな。それほど大切なお方なのですか?
惣之助 月殿は・・・5年前まで私の主(あるじ)で御座いました。私とは歳も近いこともあって、他の家臣よりも親しくお付き合い下さいました。私も・・・月殿を妹と想い、お守り申し上げておりました。
妹・・・ですか・・・
惣之助 あ、いや、主に対して妹などと無礼なことを・・・!ですが・・・私には兄が1人居るだけで、他に家族と呼べる者が居りませぬゆえ・・・妹が居ればこのような感じかも知れぬと時々思ったので御座います。申し訳ない。あなたを見ていたら、懐かしい気持ちになってしまって・・・
いえ・・・構いませんよ・・・なぜ、今頃になってお会いしたいと思ったのですか?
惣之助 え?
その、月姫様にです。
惣之助 それは・・・大事な・・・主で御座いますから。
主・・・今は違うので御座いましょう?お会いできたとして、どうされるおつもりですか?その方が・・・迷惑するなどと考えはしなかったので御座いますか?
惣之助 (月の口調が真剣味をおびてきたことで、やはり月姫に間違いないと確信する)
・・・・・・・・・どうしても、お伝えせねばならぬことがあるのです。それに「今頃になって」とおっしゃられたが、私はずっと探し続けていたのです。5年・・・5年もです!あなた・・月殿に2つのことをお伝えするために。
何をで御座います?
惣之助 あなたに言うべきことではありません。
お聞かせくださりませ!!(強く言った後ではっとする)・・・・・・このような仕事をしておりますと、色々な方にお会いしますゆえ、もしその月様にお会いできたらお伝えしようかと・・・ほほほ。ただのお節介でありんす。忘れて下さりませ。 視線を逸らす
惣之助 ・・・・月殿が屋敷を離れた後、母君様と妹様方は山沿いの小さな里に移られました。私は道場を開いている兄の手伝いをするため、しばらく町に残ることに・・・そこに里の方から知らせが届いたのです。
・・・・・母君様から・・・?
惣之助 (首を横に振る)・・・流行り病で・・・母君様と姫様方がお亡くなりになったと・・・
!!
惣之助 お願いで御座います!芝居はもう止めてくださいませ!あなたが本当に月殿でないのなら、私はこれ以上ここに居る訳にはまいりません。お願いで御座います・・・どうか・・・一言・・・一言・・・
お帰り下さりませ。
惣之助 月殿!
お帰り下さりませ!!私には・・・親も故郷もありません・・・どうかお引取り下さりませ・・・
惣之助 ・・・・月殿・・・・それほどまで・・・私が許せませんか・・・?あなたを命に代えて守り抜くと誓っておきながら、みすみすこのような所に見送った私を。
・・・何のお話か分かりませぬ・・・
惣之助 ・・・・・分かりました・・・私は去りましょう。もう二度とお会いすることはありますまい・・・ですが、これだけは言わせて下さいませ。月殿は変わられました・・・本当に・・・お美しくなられた。・・・・妹などと、よべないくらいに。
(はっとする)
惣之助 ご免・・・!(ばっと背を向ける)
!!(思わず手を伸ばすが、すぐに引っ込める。惣之助が立ち去るのを黙って見送る)
夜鷹 その時、ふと太夫の爪先に当たるものがありました。・・・美しい櫛でありんす。ちょうど・・・ほら今宵のお月さんを半分にしたような、美しい櫛でありんす。
これは・・・・・・・(懐からもう一つ櫛を取り出す演技。二つを一つに合わせるようにしながら)・・・あ・・・ああ・・・っ!
夜鷹 太夫は二つの対なる櫛を抱きしめ、駆け出しました。遊郭の主が引き止める手を振り払い、裸足のままお侍さんの後を追ったので御座います!その姿は、くもの巣に捕らわれた蝶が、この羽千切れても構わぬと、もがき飛び立つように、ひどく凄惨で・・・美しゅう御座いました。
・・のすけさま・・・惣之助様!!
夜鷹 太夫が叫びます。お侍さんは足を止め、振り返りました。その胸に、太夫はばっと飛び込んだので御座います。
惣之助 月殿・・・・・!
惣之助様・・・・嫌で御座います・・・・行ってしまっては嫌で御座います・・・
夜鷹 惣之助様は・・・何も言わずに月姫様を抱きしめました。まだ日が高いとは言え、人通りの多い道で御座います。人々が何事かと集まって参りました。二人は物言わぬまま手を取って、店へと戻り始めます。
ずいぶんと・・・永く追い駆けたつもりでしたのに・・・何故こんなに帰りは短いのでしょう・・・
惣之助 足が・・・痛いでしょう?おぶりましょう。
そんなに、甘やかさないで下さいまし。・・・ただ・・・こうして手をつないでいるだけで十分で御座います。ずっとこの道が・・・続けば良いのに・・・
惣之助 続きますとも。昔も今も、私の手はあなた様の手を引くためにあるのです。
惣之助様の手は、今も昔も大きくて、暖かい・・・よくこの手で私に櫛や人形を作って下さいました。この櫛も・・・
惣之助 天の川・・・覚えていて下さいましたか・・・
私が旅立つ日、庭にあった桂の木の枝であなたが作って、私が「天の川」と名付けました。同じ枝から作った二つの櫛・・・離れ離れになっても、いつかまた一つになれるようにと・・・今朝、盗人が盗んだものの中に、この櫛があったのですよ。
惣之助 ・・・そうでしたか・・・
惣之助様。母と、妹達が亡くなったというのは本当で御座いますか・・・?
惣之助 ・・・はい・・・。この5年間・・・何度も思いました。何故、私ではなかったのかと。私は家臣でありながら、何も出来なかった・・・!
ご自分を責めてはなりませぬ。人には、天命というものが御座います。人の力では、どうにもならぬことで御座います。それに・・・・惣之助様が亡くなることも哀しいことです。
惣之助 月殿・・・
ただ・・・それならば何故、私はここで生きてきたのかと思うと、とても、とても・・・虚しい・・・母のため、妹達が生きるためと思い、辛いことも耐えて参りましたのに・・・!このような姿、あなたにだけは見せたくなかった・・・!私は・・・あなたにだけは会いたくなかった・・・!5年間ずっと・・・惣之助様のことばかり想って・・・想って、想って、会いたくて・・・会いたくなかった・・・・!!いっそ私が死んでいれば・・・!!母上達がいないのなら、もうこんな姿、意味が無い・・・こんな仕事して生きる理由がありません・・・殺して・・・殺して下さいまし、惣之助様!!
惣之助 月殿が死ねば、惣之助も生きてはおられませぬ・・・・・・一緒に参りましょうか。
・・・あなたは・・・変わらない・・・私の我が儘をいつも笑ってきいてくれた。
−しばらく無言で見つめ合う二人−
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