■夜鷹夜噺(よたかよばなし)  1       
−三味線の音がしながら幕が上がる。夜鷹、唄いながら中央に登場−
夜鷹 ♪月が出ています。あの人 恋しと泣いています♪(長唄風に。唄がダメなら語りでも可)
−夜鷹、中央に立ち、客席に呼びかける−
夜鷹 ちょいと、お客さん。いやだ、主(ぬし)さん、お前様のことですよ。ねぇ、あちきの噺(はなし)を聴いておくれよ。なあに、ほんの暇つぶしさ。・・・お代?ほほほ、噺が終わってからでようござんす。噺がつまらなければお代は頂きませんから。
ね?・・・そうかい、聴いてくれるのかい?嬉しいねぇ。
じゃあ・・・そうさね、ちょいと昔に京の都で本当にあった、太夫(だゆう)とお侍さんの恋物語をしてあげよう。
−ここから先も夜鷹の1人芝居だが、数人で演じるときはそれぞれの役の台詞を演じて下さい−
夜鷹 それは不思議な噺でありんす。
京の廓(くるわ)に露月(ゆつき)太夫という、それは高名な太夫がおりました。
もともとは名門のお武家さんの姫君でありんしたが、お家が取り潰しにあって、食べ物にも困る有様で、母君や幼い妹達のために泣く泣く廓に身を売るしかなかったので御座います。
とは言え、教養も高く、琴や舞、華道・茶道にも通じた美貌の姫君でしたから、瞬く間に太夫の地位にまで上り詰めたので御座います。
・・・お客さん、「太夫」というのはご存知でありんすか?
廓にも、秩序があり、身分が御座います。「太夫」というのは、あまた居る遊女の中で、いっとう偉い身分にあたります。お江戸では「花魁(おいらん)」というそうでありんすね。
まあ、なかでもこの露月太夫は、「ひとたび舞えば城が建つ」と噂されるほど、高貴な方でありんした。
夜鷹 露月太夫が京に来て、5年ほどたった頃でありんしたか、1人の若いお武家さんが太夫を尋ねて参ったので御座います。
ところが、この武士(もののふ)、ひどくやつれ、ヒゲは伸び放題、髪も着物もボロボロで、叩けば垢やらフケやら埃やら、いくらでも出てきそうな、なんとも目も当てられぬ姿でありんした。
そんな男が、京で一番の太夫に会いたいというのです。
物乞いがお上(かみ)に会いたいというようなもの・・・当然、誰も相手にしませんでした。
こっから先は役柄によって、三味線を効果的に使いましょう。惣之助ならば腰の位置で持って、刀のように見せる、など。
惣之助 頼む。人を探しているのだ。一目でよい。一目見て違うと分かれば諦めもつく。頼む。この通りだ。 土下座をする
廓の主 しかしなあ、そんな格好でここを通すわけには参りませんなぁ。すみませんが、仕事の邪魔ですからどっか行ってくれませんか?ほれ・・あちこちから何事かと人が見てるやないですか! しっ、しっとする
惣之助 ならばせめて、露月太夫の本当の名を教えていただけないか。某(それがし)、筧惣之助(かけいそうのすけ)と申す者。佐山玄十郎殿の御息女、月殿を探してもう5年も旅をしているのです。噂に聞く露月太夫の姿が月殿に良く似ているのです。頼む!
廓の主 しつこいなあ!うちにはそんな子いまへん!さっさと帰らんと、お役人さん呼びますよ!
夜鷹 その時でありんした。突然、廓の中から男が飛び出してきたので御座います。
女が叫びます。
誰か!その男を捕まえて下さりませ!盗人(ぬすっと)です!!
夜鷹 女の声がするや否や、あの汚いお武家さん、さっと立ち上がり、ぱっと身を翻すと盗人の袖を掴み、えいやっと投げ飛ばしたので御座います!そのあまりの鮮やかさに、わーっと周りから歓声があがりました。ですがすぐに、あたりがしーんと静まり返ったので御座います。何事が起きたのかと、お武家さん・・・惣之助が廓の方を振り返ろうとしたときでした。女が1人、奥から現れたので御座います。
有難う御座いました、お武家様!わたくしの大事な櫛が盗まれてしまうところでした。
夜鷹 女は・・・かの高名な露月太夫でありました。着物も髪も多少乱れてはいましたが、そこがかえって艶っぽく、そのあまりの美しさに、人々は言葉を失ったので御座います。
そうとは知らぬ惣之助は、風呂敷を差し出しながらゆっくりと振り返りました。
惣之助 たまたま腕を伸ばしたら、盗人の袖を捕まえる事ができただけのことです。大事な荷物をとられずによか・・・った・・・。
夜鷹 惣之助も言葉を失いました。女は、艶(あで)やかに大人びていましたが、間違いなく捜し求めた月姫だったのです。呆然と立ち尽くす惣之助ににっこりと微笑むと、露月太夫は廓の主に話しかけました。
そちらのお武家様を、奥にお通しして下さいまし。盗人を捕らえたお礼をせねばなりますまい。
廓の主 しかし、この格好では・・・
格好など・・・まぁ・・・確かに。他のお客様の目もありますものね・・・・では、お武家様に着物をお貸しして。それから湯浴みと、髭を剃って髪も結いなおして差し上げてね。
夜鷹 そう言って、太夫は奥に戻っていきました。突然の出来事に、頭の中が真っ白になったのでしょうか。されるがままに惣之助は湯浴みをし、衣服を整え、髭を剃り、髪を結い直しました。すると・・・これがまぁ、何とも涼しげな殿方で。ふふふ。竹のごときしなやかな身体つきで、まわりにそよそよと柔らかい風がふいているような、なんともいい香りのする殿方になりまして・・・おっと、噺がずれましたね。ごめんあそばせ。とにかく、再び太夫の前に現れた惣之助は、先ほどのやつれた姿からは想像も出来ぬほどりっぱなお侍でありんした。
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